恥の意識

2022年06月30日

○恥の意識

小さい頃、親しい人たちの前で恥ずかしい思いをした、失敗した、もしくは、実際は失敗したわけではなかったのに、自分自身で「できなかった!」と自分を責めたり無力感を感じた経験はありませんでしたか?純粋に頑張っていただけなのだという事実に対して、「できなかった自分はダメな人間だ。」「恥ずかしいやつなんだ。」「価値がないんだ。」「だから役に立てなくて、申し訳ない。(罪悪感)」と横並びにつぎつぎと負の感情を生み出していってしまったわけです。

それは、頑張った自分を十分に受け止めてもらえなかったという外側の要因と、自分自身で自己価値を下げていくことでさらに相手に気に入られようとする/気に入ってもらえたら恥ずかしい思いはしなくて済む、といった自己防衛の機能が働いた結果だけだった、ということです。

そのことは、想像以上に深いトラウマとなり、大人になってからそれを本当の意味で認識できるようになるまでは、‘謎のプライド’になって、もう二度と恥ずかしい思いをしないように、防御壁/他者と親密さを深める際の恐れの原因になっていることがあります。  

アーティストとして生きたい人、もうすでにその能力を持っているはずの人が、外から見たらやれるひとなのに、アパートの一室で<自分はすごいんだ、だけど大きな舞台で一人表現するのは怖い、なぜなら、それを社会が正しく評価しないし、馬鹿にしてくるに決まっている、なぜならあいつらは間違っているからだ>という延々のループに入って苦しい思いをして何年も過ごしてしまうことがあります。

もう一度、最初の最初に立ち返り、「事実」を客観的に見つめ直し、<本当に自分のしたことは失敗だったのか?本当に自分は恥ずかしいやつだったのか?><周囲の反応や評価を自分は正しく受け取っていたのか?>を見返していくと、「本当の事実/真実」に出逢えると思います。


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